美術と観るワンダーウーマン(前編)
私は、絵画と美術史を学んでいました。
その名残なのか、ふとしたときに美術的な表現やオマージュを探してみるもしくは、それが盛り込まれた意図を考えるという、ある意味、習慣に近いような楽しみがあります。
今回は、そんな私の趣味を通して、映画『ワンダーウーマン』と『ワンダーウーマン1984』(以下『WW84』)で、今まで気がついたことをまとめてみようと思います。
※監督のパティ・ジェンキンスは、画家として活動した時期があり、絵画への造詣があることがインタビューなどから見て取れます。
映画に取り入れられた絵画作品
◇昔話のシーン
はじめに、実際に映画の参考になった絵画を紹介します。
『ワンダーウーマン』序盤で、ヒッポリタ女王が幼いダイアナに語る昔話
そのなかに、アマゾン族が人間の隷属から解放されるために戦う描写があります。
この場面のアート制作に携わったヒューストン・シャープ氏によると、ヤン・マテイコの作品が元となっているそうです。
この絵画は、ポーランドがドイツとの戦に勝利する様子が描かれています。
第二次世界大戦時には、その題材に反感を抱いたナチスに破壊されそうでした。
しかし、ポーランドの文化を守ろうとする有志達により、安全な場所に隠されたことで生き長らえたという逸話を持つ作品です。
絵の構図だけでなく、こうした作品にまつわるエピソードまでもが人間の世界から逃れ、セミッシラで隠れて生きるアマゾン族という部分に通じていて、監督による参考作品のチョイスが秀逸だと感じました。
◇時代の演出に影響を与えた画家
『ワンダーウーマン』の映像の雰囲気作りは、画家のジョン・シンガー・サージェントが手本にされています。
映画の舞台となる時代に活躍した彼の作品を参考に、当時の空気感や人々の暮らしの様子が再現されました。
伝統的な手法と優れた観察力で対象を描写することに長けており「最後の肖像画家」と呼ばれた。
印象派の影響を感じられる構図や筆遣いで、光や陰影・物の質感を美しく表現した画家でもある。
第一次世界大戦では、戦場を記録する軍画家としても活躍した。
サージェントが軍画家として描いた以下の作品は、毒ガス兵器の被害にあった悲惨なベルギーの光景を記録したもので、『ワンダーウーマン 』の無人地帯やヴェルドの村を彷彿とさせます。
サージェントの作品は、歴史の資料としても面白いのですが、惚れ惚れする色彩の「カーネーション、リリー、リリー、ローズ」や、当時としては攻めた作風の「マダムXの肖像」といった興味深い作品も沢山あるので、是非そちらも見て頂きたいです。
80年代とキービジュアル
この項目では、『WW84』のキービジュアルに抱いた感想と憶測を述べたいと思います。
ジェンキンス監督曰く、"現代を揶揄・並列で語るに相応しい"として『WW84』の舞台に選ばれた80年代。(『WW84』劇場パンフレット参照)
私が『WW84』のキービジュアルが解禁されて、まず最初に頭に浮かべたのは、上に引用したジャスパー・ジョーンズ*の作品です。
ジャスパー・ジョーンズは、既成概念から一旦距離を置き、惑わされずに見ろというメッセージを発している芸術家だと私は思っています。
これは、目を逸らさずにありのままの真実を受け入れよという『WW84』のテーマにも似通った部分がある気がします。
私個人の推察ですが
奇抜な色調で、コントラストが強いながらも境界が曖昧な『WW84』のキービジュアルは、当時のアートシーンを意識しつつ、冷戦の緊張感漂う現実と楽観主義が入り乱れた時代、虚栄に拍車をかけそうな混沌とした世相を反映しているのではないでしょうか。
* ジャスパー・ジョーンズは、国旗や的をモチーフにした作品などで有名なアメリカを代表する芸術家。
(ジョーンズの全盛期は80年代より少し前になる。)
絵画を楽しむヒント
ここでは話題を少し変えて、絵画を楽しむヒントについて触れていきます。
美術鑑賞は、名画とされるもの・スゴイ作家のスゴイ技巧・作品の持つ強いメッセージ性に圧倒されてみるのも、楽しみ方のひとつではありますが、実はそれ以外にも魅力があります。
特に昔の西洋絵画は、暗黙の了解を把握しているだけで、隠された意味が分かったり、作品の見え方がガラリと変わってくるという面白さがあります。
◇アトリビュート(象徴)
まず、西洋絵画は宗教画なくしては語れないと言っても過言ではありません。
宗教画は、文字の読み書きができない人でも内容が把握できるよう、絵に登場する人物を象徴する色やアイテムが予め決められています。
それをアトリビュートと呼びます。
◇アレゴリー(寓意)
そして、アトリビュートとは別に、絵の中で教訓をほのめかしたり、概念などを具現化して例える比喩表現をアレゴリー(寓意)と呼びます。
この2点を踏まえるだけでも、西洋絵画の面白さはグッと広がります。
ちなみに、私が初めてアレゴリーに触れた&衝撃だった作品は、アーニョロ・ブロンズィーノの『愛の寓意』です。
この絵画の解説をしているサイトは沢山あるので、興味があれば調べてみて下さい。
(ちょっと怖い雰囲気の絵画なので、そういうのが苦手な方は注意してください。)
ワンダーウーマンを象徴するもの
前の項目で紹介したアトリビュートと寓意的な要素は、『ワンダーウーマン』と『WW84』の劇中にも用いられているのではないか?と私は考えています。
後編への前ふりもかねて、そのうちのいくつかを挙げていきたいと思います。
※こじつけに近い憶測(笑)も少々交えているので、その点を踏まえて読んでもらえるとありがたいです。
◇色の寓意
『ワンダーウーマン 』の晩餐会のシーンで着ていたドレス、『WW84』冒頭の競技会で用いられる目印のシンボルカラー、バーバラと初対面した際に着用していたセットアップなど、ダイアナの身の回りには青色が多く登場します。
「青」には真実、平和、希望という意味があります。
◇ アトリビュートとしての色
アトリビュートとして「青」は、聖母マリアを示す色でもあります。
聖母マリアは主に、青色のケープや上着を纏い、その下には赤(=慈愛の意)もしくは白い(=純潔の意)服を着た姿で描かれることが多いです。
実はこのような色の組み合わせは、劇中のダイアナのコーディネートでも見受けられます。
こうした色の表現は、ダイアナが平和と真実の象徴であり、聖母マリアのような「特別な存在」という印象を与えます。
恐らく、ワンダーウーマンの生みの親である原作者ウィリアム・モールトン・マーストンも現代の女神(=アテナを基盤としてキャラクターを作り上げた説がある)としてワンダーウーマンを世に送り出すべく、キャラクターのデザインにその意図を込めた可能性があるのではないでしょうか。
~後編へ続く~
(後編は主に『WW84』に見られるアトリビュートやアレゴリーを軸に各キャラクターを掘り下げていきます。)
【余談】
原作者について
ワンダーウーマンの生みの親ウィリアム・モールトン・マーストン教授は、心理学者であり嘘発見器を発明した人物でもあります。
縄状の装置で脈拍を測定する嘘発見器は、「ヘスティアの縄」のモデルとされています。
実は、マーストン教授は、一夫二妻制というライフスタイルをとっていました。
妻と子供たちを守るため、これを周囲に明かすことなく暮らしていたようです。
嘘発見器を発明した本人が世間に嘘をつかねばならない状況にあったとは、何とも皮肉な話です。
しかし裏を返せば、自分を偽らなくて良い世界が来てほしいという願いがあったからこそ真実と共に戦う象徴の「ワンダーウーマン」を世に送り出したのではないでしょうか。
また、ダイアナが、人間の世界で考古学者・文化人類学者という職業に就く設定は、知識や文化の面でも人間を助けるのがワンダーウーマンの務めとされている気がします。
そして、マーストン教授の「無知こそが罪であり、人を堕落させる」という思想を反映したかのように思えます。
(不老不死ゆえに歴史にとても詳しく、それを怪しまれずに辻褄を合わせられる職が学者という説もある??)
☆2017年に、マーストン教授の伝記映画
『ワンダー・ウーマンとマーストン教授の秘密』がルーク・エヴァンス主演で製作されているので、
ワンダーウーマンの誕生秘話が気になる方はご覧になってはいかがでしょう。
個人的には、コミックのモチーフになった様々なものが登場する場面...特に奥さんたちからのとあるプレゼントにグッと来てしまいました。(あれはフィクションかもしれないけど。笑)